とある人のとある思考

完全なる自己満ブログ。自己否定・自己肯定。ゴールはない…だって自己満なんだもの。

上司に必要なのは業務設計力×人間力だと思う話

今日は上司にイラっとしたので僕の思う理想の上司人材の像を記そうと思う。

 

僕の上司は業務設計力はまあ人並みにある。

 

でも人に対する愛がない…。

いや、そもそも彼女は人に興味がないことを公言するような人間である。

 

まあ40歳を過ぎているのにも関わらず僕たち若い世代とそんなに多くのギャップを持たず話せるとこはすごいが、なんせ冷たい。

 

「人のモチベーションの源泉とか知らんけど、金渡してんだからやれよ?」的な考えの持ち主である。

 

そんな彼女にイライラすることは多々あるのだが、冷静に理想の上司って僕にとってなにか考えてみた。 

 

理想の上司条件

  1. 業務処理速度が速い
  2. コミュニケーションの取り方を理解してる
  3. チームビルディングをしっかりする
  4. 自分のキャパを知っている

 

1.業務処理速度が速い

これは当たり前だが、自分の業務をこなしつつ監督する立場であるのならば必要である。

 

2.コミュニケーションの取り方を理解してる

人は一人一人考え方やバックグラウンドが異なる。上司はそれを前提に一人一人に接する必要がある。

自分の経験に基づいたなんの論理性もない謎の理論で人を理解するのではなく客観性に基づき、理解する努力が必要である。

 

3.チームビルディングをしっかりする

人間のモチベーションの源泉は決して金銭面ではない。

そもそも給与が月額制で決まってる職場に置いて、モチベーションを上げるには「金」であるのならば極論永遠に新興企業は出てこない。

 

人間のモチベーションは、職場環境や人間関係、責任の付与などの外部要因に大きく左右される。

 

そんな中で共にやっていく仲間とのチームビルディングはどんな職場でも重要であり、数字の伸び悩みの原因は意外とそこにあったりもするのだ。

 

4. 自分のキャパを理解する

経営学の理論ですでに解明されているように、人には限界の管理の幅がある。

 

その「限界」を見誤らないことが重要である。

 

部下に任せるのは不安だと思うのは、自分がいままで部下を成長させれてあげれなかった、自分の驕りだと考えるべきだ。

 

とまあ4つくらいが最低条件で、この4つがしっかりクリアできれば僕にとっての理想の上司像となる。

 

特に僕が重視するのは「人」だ。

 

ぶっちゃけ業務関連の条件は、だいたい上司になる人はクリアしてる(大体を強調)

 

でも、組織である以上人と関わるのは必須である。部下に好かれる必要はないが、部下が慕うことのできる上司はやはり「人」を好きだと思う。

 

以上ざっくり今日思ったことでした。

 

まあでも、イライラして態度に出しちゃう僕はもっと雑魚いなあと思った。

 

そんな本日の日報です。

 

 

リーダーになるって難しいって話

 

久しぶりのブログ更新。

1つ大きな悩み事なので、詳しい方はコメント頂けると嬉しいです。

 

今回のテーマは、「リーダー」です。

 

さて、リーダーとは?と聞かれたらなにを思い浮かべますか?

 

カリスマ、慕われる人…etc

意見は人それぞれだと思います。

 

僕のリーダー観は…

「頭が良くて、視座感高くて、面倒見が良くて、よく働くカリスマ!」

なんとも欲張りなイメージ。

 

そんな僕だからこそ組織運営に手こずりまくってるのである。

 

僕は元来チームで動くことは好きだが、正直自分でやった方が早いし、共有とかに時間に取られるのが面倒だと思うタイプである。

 

そんな僕に、全国的に知名度の高い団体の構成組織の立ち上げをやって欲しいと打診がきた。

 

ビジネス系の団体を動かすのが初めてだったし、団体のビジョンが好きだったので快く快諾し、立ち上げを行なった。

 

そして今、組織を率いるのに大苦戦中である。

 

組織を取り巻く環境は以下の通り

・組織の構成員は、僕を含め6人。

・内2人は僕が引き入れ、残りは本部が集めた人材。

・給料は全くでないが、コミット量は少なくはない。

 

そんな環境である。

 

僕は初めこそスーパーウルトラド級にやる気をだして、目標管理・業務管理その他業務システムを凝って作った。

 

初めこそみんなやる気があるので非常にうまく回った。

 

俺氏: 「よっし!KPI達成!!うまく回ってる!」

 

・2ヶ月後

 

俺氏:「けっKPI未達!!??というよりスプレッドシートに記入すらしてくれてない!…。くそ!俺のシステムが分かりにくいのか!!」

 

カタカタカタ……

 

「やば。俺天才かも。これなら工数かからないしみんなやってくれる!!」

 

・1週間前〜

 

「ほぼみんなやってって言って3日後にはやってくれない。Fuck it!!そもそも給料出ないからやる気でねえだろそりゃ!!」

 

そんな風に、考えてました。

 

そんなことを考えていたある日。

ある成功しているベンチャー企業の代表と話す機会があり、この悩みを説明した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

俺氏:「(組織の環境などを説明後)給料出ない組織だからKPI管理とかしないで定性的に目標達成すべきですかね〜?」

 

代表:「お前それ逃げだから。」

 

俺氏:「っっっ!!!くっ詳しく!!」

 

代表:「リーダーとマネージャーの違いわかる?」

 

俺氏:「…。管理の幅…?」

 

代表:「それだけじゃない。リーダーは結果だけに責任を負えばよい。つまり、結果がでないのはリーダーのせいだし、お前ができてないだけ。」

 

俺氏:「……愕然。」

 

代表:「お前は慕われたいんだろ?それがリーダーの正解ではないかもだけど、慕われたいなら慕われるまでやれよ。環境のせいじゃない。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

すっすみませんでした!!!!!!!

久しぶりにぐぅの根もでなかった。

 

悔しすぎたので、振り返ってみた。

僕は1つ重大なミスを犯していた。

 

「モチベーション管理不足」である。

 

そもそも、本部が勝手に引き入れたメンバーはあまり知らなかったが、まあやる気あるっしょ!って思い適当に進めていた。

 

さらにいうと、組織に入ったんだから言われたことくらいできるよな?くらいの上から目線なスタンスで運営していた。

 

きっとこれじゃダメだと思った。

人間なんて、10分前に考えてたことが10分後に違うような生物である。

だからこそ逐一一定の水準までモチベーションを管理する必要があるようだ。

 

僕は経営学を学んでいて、行動経済学を学んだのだが、ハーズバーグという学者の「動機付け・衛生理論」というのを思い出した。(気になる人は検索してください)

 

この理論は常に頭の片隅にあり、だからこそ「金銭的インセンティブないけど、金銭は衛生要因だから上手く行くだろうな」と考えていた。

 

理論は合っていたけど、僕が愚かだったのは動機付け要因をしっかり用意できなかったことだ。

 

心底僕は愚かだなあって思った。

ここからの学びは、2つある。

 

リーダーは欲張るべきではない。

リーダーはカリスマじゃなくても良いし、頭が良くなくても良い。

何か一つその人に合ったやり方でチームを率いるべきである。

僕は欲張りなリーダー観を持ちながらリーダーをやっていたが自分に合ったスタイルを探そうと思う。

 

・人間のモチベーションなんて一過性のものである。

他人からモチベーションを管理されないとモチベーションなんてすぐ低下する。

 

そんな学びを得たのが2日前。

 

そして満を辞して先週から時間を合わせていた通話ミーティング!!

ドタキャン2人…。

 

やっぱ、約束も守れない奴がダメなんじゃない?

 

とまた他人のせいにした自分に嫌気がさしたためブログを書いたのが今。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

親友っていいよねって話

 

「人生で2人親友ができれば良い人生」

 

って昔聞いたことがある。

 

僕は幸運にも親友と呼べる人間が4人いる。

単純計算で僕の人生はすごく良い人生となる。(アホな計算)

 

ふと、なんで親友って思うんだろうと思ったので、主観と客観性を取り入れながら彼らを分析してみよう。

 

その前に自己分析。 

 

僕氏 : 怠け者の完璧主義者。合理主義者だけどちょい熱め。繊細。気をめっちゃ使うのでよく疲れる。人と接するのが好きだがバリア強め。

 

友人A : 冷静だけどちょっと客観性に欠ける性質。言いたいことをしっかり言う。守って欲しいところでしっかり守ってくれる。バリア強め。

 

友人B : 頭の良い怠け者。何話してもしっかり聞いてくれる聞き上手で共感してくれる。最強の2番手。バリア強め。

 

友人C : 頭の良い世間知らず。羨ましい部分もあり、嫌な所も良い所も知ってる一緒に居ても気を使わないやつ。バリアペンタゴン級。

 

友人D : 馬鹿すぎるけど人付き合いが上手で誰とでも仲良くなれる。気遣いがしっかりできて、僕がキレる境界線をよく知っている。バリア強め。

 

とまあ箇条書きにするとこんな感じ。

 

共通項は、人を信頼するまでの「バリアが強い」ということ。

 

僕はこれは当たり前だと思っているが、単純に考えるとバリア強めな僕とバリア強めな4人のバリアを相互に壊せたんだと思う。

 

でもなんか釈然としないので、共通項じゃなくて共通じゃない部分を考えてみた。

 

………!!

 

この4人とも僕が欲しい能力をトップレベルで使えてるっ!!!(僕の知る人間の中で)

 

友人Aは、「冷静さと自己主張の強さ」

友人Bは、「聞き上手で縁の下の力持ち」

友人Cは、「世間知らずが故の前に進む推進力」(ディスじゃない)

友人Dは、「人付き合いのうまさとバリアのバランス」

 

僕なりの結論。

 

▽僕が仲良くなれる人の条件

  1. 人と仲良くなるまでのバリア強め
  2. 僕の足りない部分の能力のスペシャリスト
  3. 当たり前に一緒に居ても気を使わない

 

ということが判明した。

 

これを読んで仲良くなれそうだと思った人は是非ご連絡お待ちしています。

 

こんなことを書いているが、友人Bは隣で動画を見ながら笑っている。

 

今日も平和だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「社会人として」ってなに?って話

 

人々がよく言う

 

「社会人として〜」

 

って決め台詞に疑問を覚えてるのは僕だけだろうか?

 

そもそも、社会人とはなんだろう?

 

Wikipediaによると

社会人(しゃかいじん)は、社会に参加し、その中で自身の役割を担い生きる人のことである。一般的には学生は除外される。 ただし一部の学生も社会人と呼ばれる場合がある。

 

「えっ!じゃあ一般的には学生起業家は社会人じゃないじゃん!!」

 

(一部の学生も社会人と呼ばれる場合がある) 

 

言ったもん勝ちかよ…。

 

まあとにかく、このよくわからない定義を要約すると…

 

「社会的に責任を帯びた人々」

 

だと思っている。

 

僕の独自な要約があるからこそかもしれないが、やはり「社会人として〜」って台詞には疑問しか残らない。

 

「社会的に責任を帯びた人々であるのならば、法的に自己責任が求められる成人から社会人と言うべきではないか?」

 

「そもそも、成人じゃないにしろ人はなんらかの社会に帰属してるのだから全員社会的に責任があるのでは?」

 

って思ってしまう。

 

「社会人としてしっかりしなきゃね!」

 

言い換えれば

 

「社会人じゃないときはちゃんとしなくても平気だよ!」

 

いやそんなことないでしょっ!

 

ここで驚愕の事実

日本語以外の諸外国語では日本で言うところの『社会人』をさす言葉はほとんど見られない。

 

たしかに海外に多少長く住んでた僕は社会人という単語を使ったこともない。

 

ましてや、社会人なんだからの逆言葉である「学生なんだから」って言葉も言われたことがない。

 

別に海外が良いとは思わない(日本ほど住みやすい国を知らない) 

 

しかし、海外の学生の方が学生としてではなくこの概念の中で言うのならば「社会人」として活動的になにかしているように思う。

 

つまりこの決め台詞「社会人として〜」は、日本人が勝手に作った謎の概念が言葉として現れたものである。

 

「こんな言葉があるから日本の国力が下がってるんじゃないの?」

 

などと思想強めな台詞を吐いてこの謎に終止符を打ちたいと思う。

 

 

意識高い系は2種類に大別できるよって話

 

せっかくブログを始めたので、できるだけ毎日なんとなく日々思うことを書いていこうと思う。

 

 

「うわっ!意識高い系!」

「意識高いなあ〜!」

 

ちょっと人とは変わった活動を行う学生や働いている人を小馬鹿にする皮肉である。

 

訳:なんでそんなことやってんの?すごいとは思うけどけど私はやらないわあ〜。

 

てな感じである。

 

かく言う僕も、かっこよく聞こえるビジネスカタカナ英語をよく使う団体の一員であったり、そんな用語をよく使う業界でインターンしてたりする。

 

こんな中で過ごしてきた中で思った「意識高い系は2種類に大別できるよ」って話をしよう。

 

タイプ① : シンプルに頭がよくて、視座感高めのおそらくデキる系タイプ

 

タイプ② : 意識高いが褒め言葉だと思ってるアホで意識だけ高いタイプ

 

タイプ①の人々は、「キラキラ系だけど多くは語らず、若干高圧的だけど実は人が良い。だけど、話すと人の意見の漏れを的確に指摘してくるタイプ」の人である。

こういう人々は、基本人間関係においても立ち振る舞いが上手だし、中身や経験も人並み以上に詰まってる。

 

タイプ②の人々は、有料の自己啓発セミナーに行ったり、SNSで聞いてもない自己の内面的近況を発信したりする割に中身がないから自分が与えられたタスクができない。でも、なんか色々参加してる人々である。

 

ちなみに僕はどちらでもないし、どちらかというとどちらも苦手である。

 

僕は休日やることが終わったら、Youtubeと漫画をひたすら読んでる怠け者だし、割とやらなきゃいけないことも最終段階までやらない適当な人間なのに完璧主義という矛盾を抱えた人間である。

 

だから、タイプ①も②も尊敬はしないけど、自分に足りない部分たくさんあってすごいなあと思う。

 

だからこそ1番嫌いなのは、口だけタイプである。

 

口だけタイプ:世に言う意識高い系(主にタイプ②)が嫌いでよくディスっているけど実は自分の方が中身ないタイプ

 

このタイプの人に思うのは、「口じゃなくて、行動に移せ」だけである。

 

世に言う意識高い系はたしかに夢見がちだし、若干鬱陶しいけど、彼らの行動には彼らなりの意味があって経験できてるんだから良いと思うし、椅子に踏ん反り返って文句だけ言ってるアホとは違う。

 

意識高い系の夢見がちな人々が、社会に羽ばたいてからもモチベーションを落とさないシステム構築をすれば、口だけタイプは駆逐されるからそうあってほしいと願うばかりである。

 

とちょっと分かりづらくなったかもしれないが意識高い系の僕の見解はこんなところ。

 

最後に、この間タイムラインに流れてきたタイプ②の発信内容をざっくり追記。

 

「ふと気づいた。これが壁か。」

 

怖い。

 

年齢=経験値ではない話

 

 

「まだ若いからだよ〜」

 

…はっ?

 

このセリフを吐く大人の言うことを聞いて上手くいった試しがないのは僕だけだろうか。

 

僕の持論は「年齢≠経験」である。

 

もちろん、「経験」というものに明確な数的指標がある訳ではないので、年齢=経験という極めて単純明快な指標を口にしたくなる気持ちは分からなくもないし、完全に否定はしない。

 

ただ、人の1年が同じなわけがない。

 

むしろ同じだよって思ってる人はなぜそう思うのか教えて欲しい。

 

僕は年齢が上の人と真面目な話をする際、理詰めしてしまう節がある。(もちろん相手は選ぶ)

 

真摯に向かってくれる人、もしくは、頭の回転が早い人は、対応もしくは綺麗に心地良くあしらってくれる。

 

こういう大人は、理解のある人だなあと思って楽しく話せる。

 

しかし!!

ムキになって最終的には決め台詞!!

 

「まだ若いからだよ〜」

 

Wwwwhat??

 

いつものぼくはここで呆れてしまい、そこから1日の疲れが3倍にのしかかってベットにダイブしたくなるが、本当はこう言いたい。

 

「あなたの生きてきた数十年、本当に年齢=経験と語れるほど密度の濃いものでしょうか?」

 

「まだ若いからだよ〜」っていう決め台詞は、きっとまだ経験が浅いからわからないんだよって意味で使ってるのだと思う。

 

だとしたら僕は、まだ経験が浅いからわからないんだよと言われた方がしっくりくるし、どんな経験をしたらわかるのか問うことができる。 

 

僕の生きてきた人生で僕なりに学んだこと…。

 

「まだ若いからだよ〜」= 逃げ台詞

 

追記すると、学生時代遊んできた友人が、少し先に働き出して、学生時代から企業の元で微力ながらお仕事を手伝わせていただいた僕に向かって働き出して4ヶ月で…

 

「学生の考えだなあ」

 

って言うのも勘弁して欲しい。

 

そんな話です。

 

 

 

 

さっそく最近思ったこと。

 

ある友人の話。

 

僕はその友人をすごく好きだし、尊敬に値する人物であるし年齢の割に大人だと思っていた。(今も尊敬する部分はある)

 

しかし、最近は昔あった「かっこよさ」がガクンとなくなりどこか寂しい。

 

なぜ、「かっこよくない」と感じてしまうのだろう?

ここでいう「かっこよさ」はもちろん外見のことではなく、「人間」としてである。

 

自分なりに考えた結果、大きな1つの要因があると思う。

 

① 昔は、年齢の割に「大人」だと思ってた彼が歳をとると僕の思う「ださい大人」になりかけてしまったこと。(なりかけであると信じたい)

 

僕の思う「かっこいい大人」と彼の思う「かっこいい大人」が相反するだけなのかもしれない。

 

僕の思うかっこいい大人は、「年齢や立場、人の属性で判断せず、人の意見をフラットに見れる大人」である。 

 

僕は決して頭がすごく良い訳ではないが、少しだけ人より優れてる点は「フラットな目線で話を聞ける」ということだと思う。(少しだけだけど…。)

 

彼はその点においてすごく欠落してしまった。いや、元々してたのかもしれなかったけど僕がアホだったからわからなかったのかも。

 

彼と僕の生き方は正直全く違う。事実ベースで見れば、あらゆる経験値の度合いははるかに僕の方があると思う。その中で議論をしていると、彼はよく「事実ベース」で物を話してると言う。正直、彼の言う事実ベースは彼の主観を元に作られた事実であり、視座感0でツッコミどころ満載である。最終的には論理が伴わない感情論に向かってしまう。これは、僕が彼のレベル感についていけてないのか、はたまた逆かはわからない。

 

僕は高校を卒業してから、海外の大学に通っていたため、彼と数年会わない期間があった。この数年間が僕を変えたのか、はたまた彼を変えたのかはわからない。おそらく僕が変わったのだろう。

 

この経験から「議論は同じレベル感の中で話すべきだ」と思った。

 

これはもちろん自分を肯定してくれるぬるま湯な環境に浸るという意味ではなく、意見に対してクリティカルな否定をしてくれるレベル感という意味である。

 

数年後読み返した時に、僕はどう感じるのかは想像もつかない。

 

でも彼と馬鹿な話をしながら呑むのは好きだ。