とある人のとある思考

完全なる自己満ブログ。自己否定・自己肯定。ゴールはない…だって自己満なんだもの。

長い学生生活が終わるよって話

 

後2週間ほどで学生生活が終わり、働き手となって日本経済をぶん回す立場になる。(ぶん回せるようになりたい…)

 

小学校、中学校、高校、大学と7歳から23歳と人生の半分以上を社会的に「学生」という身分で過ごしてきた。

 

僕は日本でも学生をやったし、アメリカでも学生をやってなおかつ同い年の人より1年多めに学生として過ごした。

 

そんな学生のプロ(笑)の僕が考える日本教育のレベルの低さについて書きたいと思う。

 

結論から言うと、「日本教育は教育していない」である。

 

そもそも、「教育」ってなんのためにするものなのだろうか?

 

マナーや言葉遣いは親が教えるべき役目であるし、高校への進学が義務でない以上勉学が教育の責務でないと考えた時に一体なんのためにあるのか。

 

僕の持論では「納得感のある選択する力」をつけてあげるために教育があるべきであると思っている。

 

少々飛躍するが、説明するのがめんどくさいので結論だけ述べる。

 

人間は、労働に縛られている。

生きていくためにはお金を稼がなきゃいけない以上「働く」ということを考えなければならない。

 

なにをしてお金を稼ぐか、お金を稼ぎたいかを自分の意思で納得のいく形で選択するべきだと思う。

 

そのためには現在の社会がどのように動いているか、どのような職業があってどのように働いているかなど具体的に知らなければならないことが沢山ある。 

 

つまり、教育の終着駅はキャリアだと思っている。

 

僕はそのために教育が必要であると考えているし、そうであるべきだと考えている。 

 

しかし、日本教育(海外の教育についてそんなに知らないが)は「選択する力」を伸ばす環境や人材を全くもって用意していない。

 

それの根拠を示していこう。

 

・勉強する意味ってなくない? 

 

もちろん、最低限の教養は確実に必要であり、人間生活に必要不可欠であることは間違いないが、これまで学んだ多くのことは本当に人間生活に必要がないように思える。

 

この原因は、日本教育が「選択する力」をつけるための教育をないがしろにしているからである。

 

「とりあえず勉強して選択肢を増やす」

などと教員は言うけど、なぜそんなことをする必要があるのだろう?

 

RPGゲームで言うと、回復薬だけたくさん持たされて武器を持たずにボスに挑まされている状態だ。

 

早い段階で、キャリアに対する知識を学ばせる場を整えれば、各々そのキャリアを歩むための学習を行えるのではないだろうか?

 

11歳の時に決めた夢が、18歳の時に無くなるのは決して微分積分を学んだからではなく、とりあえず勉強という教育により選択を失った結果である。

 

どんな仕事かを明示することで、学生は各々それに向かって時間を使うことができるのではないだろうか?

 

これを読んでいるあなたが現在就いている仕事で勉強が活かされた経験がありますか?

 

 

・教員に教育する資格があるのか?

 

教育の終着駅がキャリア選択だと考えている僕からすると、一度も他で働いたことのない教員が教育する立場にあるというのは甚だおかしな話である。

 

勉強を教えるだけならば、教員なんてものは本当にマジで要らない。(もはやその道のプロに教わったほうが確実にわかりやすい) 

 

教員は学生に対して社会とはどのようなものか?というのを教育する立場にあるのではないかと思う。

 

そんな教員のほとんどは大卒から教員になる人々がほとんどである。

 

そんな経験値0の教員が学生になにを教えてあげれるのだろうか?

 

・答えのある教育は要らない

 

日本では答えのある教育が行われている。

みんなが右を向けば右。答えのある勉強。 

 

キャリアコンサルティングをしていると、僕に答えを求めてくる学生がめちゃくちゃ多い。 

 

「答えはないよ!強いて言うなら答えを見つけることが答えだよ!」

 

と何度言ったことだろうか。

 

「ビジネスは課題解決だ!」

その課題に対する答えは明確にはないのがビジネスなのである。

 

要するに答えのある教育は社会でほとんど意味をなさない。 

 

もはや人間関係においても模範解答なんてないのである。

 

などと理由をあげればたくさんあるが、大きな理由を3つほどあげてみた。

 

ほかの学生より多くの時間を無駄にし(勉強によって…)多くの時間自分のキャリアについて考え、多くの人にキャリアコンサルティングをしてきた僕はそう思う。

 

そんな僕が最近感じる教育の嬉しい流れは、「インターンが増えた」ことだ。

 

インターンシップは、キャリアについて考える機会とノウハウを与えられてこなかった学生に唯一与えられた場所と権利だと思っている。

 

働く前に色々な企業で働けることはキャリア選択を無限大にする権利であるし、業務を学ぶ場所でもある。

 

大半の社会で働く人々(若い人もそう考えているから驚き)は、インターンの意義についてそんなに考えてないだろうし、慈悲の心でやっていると思っているのだろう。

 

実際に、見てもないしやってもないくせに僕の友人はインターンで働く学生が使えるとは思えないなど入社3ヶ月で言っていたので、本当にアホだなと思った。

 

まあ実際全ての学生が使えるかどうかは置いておいて、多くの起業家や有名な経営者はインターンと正社員に大きな違いがないと考えている。

 

たくさんの起業家や日本を代表する経営者に話を聞いたが、インターンと正社員とかぶっちゃけ気にしてないという人がめちゃくちゃ多かった。

 

ということは、インターンの学生は会社的にもそんなに大きな損害は出していないし、もはや人件費と貢献度の観点から見てみてもプラスであるし、キャリア教育の観点からもプラスであることを考えると非常に素晴らしい。

 

ただ、これは海外では当たり前だし日本ではやるのが正直遅すぎる。

 

とまあ長い学生生活を経て思った本質的ことがこれである。

 

これから高校や大学に行く人は、自分の将来を選択するための教育を得られる場所を探して欲しい。

 

現状の環境では大胆なことではあるが、大学なんて行く必要は毛頭ない。

 

僕が小学生くらいに戻れるのならば、エンジニアスキルを学びまくって高校くらいで起業して大学なんて行かない。

 

「好きなことで生きていく」

YouTuberの有名なフレーズを馬鹿にする大人はたくさんいるが、これは本質だ。 

 

好きなことで生きていくためのスキル磨くために時間を使わせてあげることが本当の教育だと思う。